本を通じて、人を知る。青山文平『本売る日々』
ようこそ、137号室へ。伊佐奈 瑛(@IsanaAkira)です。
今日の1冊は 青山文平『本売る日々』。
本を行商する本屋を語り部に、本を愛し知識を欲し人生を謳歌する人びとの姿を描いた中編集。
「本」が持つ魅力と可能性に触れる、静かな読書時間をあなたに。
きっかけは「表紙」
『本売る日々』は表紙がきっかけで手に取った本。
あぜ道を歩く一人の商人。和装本を思わせる表紙は、一見して時代小説だとわかるデザイン。決して派手な表紙ではないのに、平積みされた新刊書籍コーナーに並ぶこの本の表紙に、強く惹きつけられたのです。
街を歩いていたら、どこかで会える気がする
わたしは、普段あまり「時代小説」を読みません。
なぜなら、時代小説はすべて「過ぎ去ってしまった時代」の物語だから。
どんなに素敵な物語であっても、それは「インターネットやAIがない世の中だからこそ成り立つ物語なんだ」という思いが心のどこかにずっと引っかかっていて、透明な壁を隔てて第三者として物語を眺めているような気持ちが拭えず、共感することができないまま読書を終えることがほとんどでした。
でも、『本売る日々』は一気読み。
江戸時代の物語なのに、そこで生きている人々を「過去の人々」だとは感じなかったのです。
街を歩いていたらどこかで出会えそうな気がして、読み終えたときには(ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけれど)「読書を通して、時代を超えたのかもしれない」という気持ちになりました。
普段、時代小説は読まないな……という本好きのあなたへ。
『本売る日々』おすすめですよ!!
装幀も楽しめる一冊
『本売る日々』は単行本と文庫本がありますが、わたしのおすすめは単行本。仮フランス装の美しいたたずまいが素敵です。
また、単行本の読了後は、ぜひカバーを外してみてください。
「私」こと主人公の平助は、いつの日か自らの力で書を出版する(開板といいます)ことを夢見る 書肆「松月堂」の若き主人。
騙されて背負った借金をなんとかするために、本を背負っていくつもの村を渡り歩く中で、「私」は本をきっかけに村人たちの物語に出会ってゆきます。
取り扱うのは「物之本」
私が範とすべきは、読本や浮世絵で名を馳せる江戸の地本屋、蔦屋重三郎でも須原屋茂兵衛でもなかった。
―『本売る日々』
主人公の「私」が専門とするのは物之本、いわゆる学術書です。
誰もが読みたがるわけではないので開板の道は狭いけれど、絶対に必要とされる本ばかりだからこそ、「私」が本に注ぐ情熱と愛情はものすごいのです。
普段は冷静なのに、憧れの本や素敵な書庫を前にするとついつい語りすぎてしまうというところも好き。
このため、物語は物之本を求める客との出会いをきっかけに進んでゆきます。『古事記伝』や『伊勢物語』、『群書類従』などたくさんの書物が登場するので、知っている本が出てくるたびにぐっと江戸が近づいてくる感覚も味わえます。
また、「鈴屋(※本居宣長の書斎。学統の意味でも用いられる)から出ている本のうち、『古事記伝』だけが五つ目綴」といった本に関する知識に触れることもできるのも魅力。
本の中で本に関する知識に出会えるとワクワクするのは、きっとわたしだけではないはず……!
どんな時代であっても、変わらないものがある
悩み、迷い、誰かを想い、そしてなにかを信じて生きる姿は、いつの時代も変わりません。
そうした普遍的な人間の心の動きが、この作品の中では驚くほど自然に描かれていて、気づけば「時代小説を読んでいる」という感覚そのものが消えていました。
過去と現在と未来は、切り離された線ではなく、静かに重なり合いながら続いてゆくもの。
そこには、アルゴリズムやデータに置き換えることのできない、人間の心が発する熱があるはずです。
そんなあたたかい実感を、『本売る日々』が教えてくれたように思います。
「ありのまま」を受け止める
青山氏の小説では、物語の創造やエンターテイメント性のために史実が持ち出されたり、奉仕を強いられたりすることがない。
―『本売る日々』あとがき より
この一文に、はっとしました。
史実を、事実を、ありのままに受け止める。
言葉で表すのは簡単でも、実行するのは本当に難しいことです。
史実だと思っているもののなかに、別の誰か、あるいは何かのメッセージが溶けていたり、事実だと思っていたものと実際に起きたことは違ったりする。
いつの間にか、過去の出来事には意味が付随することが「当たり前」になってしまったことに気づいたとき、ふと「わたしは目の前の人のことを、ちゃんと知ることができているだろうか」という想いが頭の中をよぎりました。
過去を解釈しようとはせず、ただ「そこにあったもの」として描き出す。
青山氏の姿勢は、時代を描くというより人を描く誠実さのように感じました。
あらゆるものに「意味」が求められる時代だからこそ、読んでほしい本
過去の出来事を語ることも、誰かの人生を語ることも、すべて「語る」ということが「意味づける」ことと同義になりつつある時代だからこそ、『本売る日々』を開いてみてほしいと思います。
物語の中で出会う人々は、静かに「事実をありのままに見ること」の尊さを教えてくれるはず。
史実のみならず、いま、この瞬間に起きている出来事も含めて、あらゆる事実の先にあるのは解釈ではなく「人の心」であるはずです。
「知ること」も「語ること」も、誰かと心を分かち合いたいという願いの延長線上にある。
『本売る日々』は、その原点を思い出させてくれる物語だと思います。
本日の読書ノート


